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大阪高等裁判所 昭和39年(行コ)65号 判決 1967年9月26日

大阪市西区立売堀北通四丁目五七番地

控訴人

堀潔

右訴訟代理人弁護士

野村清美

仲森久司

同市同区江戸堀下通五丁目三〇番地

被控訴人

西税務署長

大城朝賢

同市東区大手前之町一丁目

被控訴人

大阪国税局長

高木文雄

右両名指定代理人検事

上杉晴一郎

法務事務官 山本志郎

大蔵事務官 本野昌樹

同 河合昭五

右当事者間の審査決定取消等請求控訴事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人西税務署長が昭和三五年一〇月三一日控訴人に対してなした昭和三四年度分譲渡所得金一、五七二、五五五円、課税所得金一、四八二、五〇〇円、税額金三五五、二五〇円、無申告加算税金八八、七五〇円の決定処分はこれを取消す。被控訴人大阪国税局長が昭和三六年八月二二日なした審査請求棄却の決定はこれを取消す。訴訟費用は一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事業上の陳述および証拠の関係は、次に記載するほか、原判決事実摘示(但し、原判決九枚目裏六行目に「(原告の予情的主張)」とあるのを「(原告の予備的主張)」と、別紙物件目録中表九行目と「六六坪一合五勺」とあるのを「六六坪一合三勺」と訂正する)と同一である。

(控訴人の陳述)

一、原判決添付物件目録記載の各物件(本件物件という)の所有権は、昭和三二年九月三日伊丹簡易裁判所において控訴人と林勝行との間に成立した訴提起前の和解(甲四号証の四)により、同月一一日控訴人から同人に移転し、同月一六日その所有権移転登記がなされたものである。控訴人は右林に本件物件の所有権を取得されたことに不満があつたので、その引渡をせずにいたところ、本件物件に担保権を有する三和銀行から、本件物件の担保債権額と時価との差額を立退料として支払うから、同銀行の指示どおりにせよと物件引渡の交渉を受けた。控訴人は右申告を容れ、昭和三四年七月下旬頃右銀行との間に(1)本件物件の担保債権額と時価との差額相当金を控訴人が同銀行から貰い受けること(2)控訴人は本件物件を速に明渡すこと(3)控訴人は同銀行の指示する書類の作成に応ずることとの和解が成立した。それで控訴人は右和解に従い、右銀行の指示する書類の作成に応じ、その一部として今橋商事株式会社との間の不動産売買契約書(乙二号証の一)も作成し、本件物件の明渡をし、同銀行から立退料を貰つたに過ぎないものである。

二、前記林勝行との和解は、控訴人が宝泉商工株式会社から手形割引を受けるに際して同会社に対し、割引手形金債務の支払方法につき確実な手続を執るための代理人を同会社において選任することをも含めて予め交付していた白紙委任状により同会社が控訴人の代理人に選任した弁護士谷上政次と同会社の所謂金主である林との間に成立したのである。従つて、右谷上は控訴人の適法な代理人であるから同人によつてなされた右和解は有効である。

三、控訴人が本件物件の所有権を喪失した理由は、林勝行との間の和解条項の不履行による担保権の行使(代物弁済予約の完結)に基づくものであつて、右行使は先順位の担保権が付いているままなされたため、控訴人は担保権利者三和銀行から本件物件の譲渡価額六〇〇万円のうち二六六万五、〇三〇円を交付されたに過ぎない。その余のうち三二五万九、〇〇〇円は主たる債務者である株式会社堀工業所の債務の弁済に充てられたが、同会社が資力を喪失したため控訴人はその求償権を行使することができない。従つて、控訴人の本件物件の所有権喪失には従前主張の昭和三六年七月二〇日付国税庁長官通達が適用され、控訴人の取得額は二六六万五、〇三〇円とすべきであるのに、そうしなかつた被控訴人西税務署長の課税処分は違法である。

四、被控訴人西税務署長の本件課税決定は、権利の濫用である。控訴人の本件物件に対する所有権喪失が前記の如く堀工業所の債務の担保に提供された結果によるものであり、控訴人が所有権喪失の結果二六六万五、〇三〇円しか取得できず、その余の金員が求償不能の状態にあることは被控訴人らにおいて熟知している。しかるに、前記通達を適用せず、求償不能の三二五万九、〇〇〇円をも含む金員を譲渡代金として本件課税を行うことは苛酷に過ぎ、権利の濫用というべきである。

(被控訴人らの陳述)

一、控訴人と林勝行との間の和解は無効である。控訴人は林に対し何ら債務を負担しておらず、従つて、林と右和解契約を結ぶ意思もなく、その当然の帰結として、控訴人は前記谷上政次に対し何ら代理権を賦与していないのであるから、右和解は無権代理人がしたものであつて無効である。

二、控訴人は、昭和三五年九月一三日付でした昭和三四年分個人の再評価税申告が錯誤により無効であると主張するが、私人の公法行為に属し徹底した表示主義が採られるべき再評価税の申告に関し、後日それが錯誤に基づくものであるとの主張は、錯誤が客観的に明白かつ重大でない限り許されないというべきである。本件における申告までの事情および申告書の記載からいつて、本件再評価税申告には客観的に重大かつ明白な錯誤があるとは到底考えられない。

(証拠関係)

控訴人において控訴本人尋問の結果を援用した。

理由

一、当裁判所も控訴人の本訴請求はいずれも理由がないと考えるものであつて、その理由は、次に付加訂正するほか、原判決理由(但し、一八枚目表二行目から同裏の末から二行目までを除く)と同一である。

(一)  控訴人主張の、本件物件は既に昭和三二年九月一一日林勝行に対し、同人との間の即決和解に基づく代物弁済により、その所有権移転を了しているとの点について。

(1)(イ)  原判決挙示の証拠(原判決一三枚目裏九行目から一四枚目表の末から三行目まで)に当審における控訴本人尋問の結果の一部と弁論の全趣旨を総合すると、次の(ロ)に付加するほか、原審認定(原判決一四枚目裏一行目から一七枚目裏三行目まで)のとおりの事実(但し、一六枚目裏の末から三行目に「二〇〇、〇〇〇円」とあるのを「三〇〇、〇〇〇円」と訂正する)を認めることができ、原審および当審における控訴本人尋問の結果中、以上認定に反する部分はにわかに措信し難く、他にこれを覆すに足る証拠はない。

(ロ)  当審で付加認定する事実は次のとおりである。

控訴人が代表取締役をしていた株式会社堀工業所が、その振出にかかる約束手形を金融業である宝泉商工株式会社から割引を受け、その手形債務を負担していたが、堀工業所は昭和三二年七月二〇日頃倒産し、右債務も支払ができない状態になつた。宝泉商工は右割引資金を林勝行から仰いでいたので、林からその支払を督促され、同人を納得させるため、かねて控訴人から入手していた同人の白紙委任状を利用して本件物件を取得しようと考え、控訴人に無断で右委任状をもつて控訴人の代理人に弁護士谷上政次を選任し、同弁護士をして林との間に前示即決和解を成立させたが、和解調書作成後もこの旨を控訴人には知らせなかつた。そして控訴人が右和解において定められた前示弁済期を徒過したとして、同和解調書により本件物件の所有権移転登記を了した。

控訴人は昭和三三年になつて本件物件が林に所有権移転登記されていることを川西町吏員から聞き、初めて知つたが、思いあたる節がないので、控訴代理人野村清美をして同年六月二一日到達の書面をもつて林に対し、右所有権移転登記は真実に反するのでその抹消を要求する旨通告したが、林からは何らの応答もなかつた。その間調査したところによると、右移転登記は、宝泉商工に対する前示手形債務の関係からなされたものらしいことが判明したが、本件不動産には堀工業所のために三和銀行その他二名に債権極度額合計七五〇万円の根抵当権が設定されていて、その残存債務を支払いうる見込がなく、従つて、右移転登記の抹消を得ても、それから先どうなるという目途も立たなかつたので、不満ながらもこれを放置せざるをえないと諦め、林に対しこれ以上強硬な態度に出なかつた。そして本訴提起後代理人野村の調査により、控訴人不知の間に前示和解調書が作成されており、かつ、右所有権移転登記もこれによりなされたものであることが判明した。

(2)  以上認定の諸事実によると、次のとおり解するのが相当である。

控訴人は昭和三四年四、五月頃三和銀行から、本件物件につき昭和三二年九月一一日付で林勝行に対する所有権移転登記がなされていることを難詰され、同銀行等に対する債務を弁済すべく本件物件を他に処分するならば、これを同銀行において斡旋しようとの申出を受けた際、林との間の前示和解調書の存在を知らず、林に対し自己の手で早急に右移転登記の抹消を求めることは諦めていたけれども、そうだからといつて、本件物件の所有権が真実林に移転して了つたとは考えておらず、従つて、一番抵当権者であり、かつ有力な銀行である三和銀行が斡旋してくれるのであれば、この点も案外たやすく解決できるものと考えて、同銀行の右申出に応じたものと解せられる。一方、林勝行ないし宝泉商工においても、林が前示四〇万円の支払を受けることによつて、時価六〇〇万円を下らないと認められる本件物件の所有名義を容易に今橋商事株式会社に移転することに同意し、これにつき何ら異議をさしはさんだ事実が認められないので、林において前記和解が完全に有効であり、前記移転登記をもつて本件物件に対する円満完全な所有権を取得したと考え行動していたかは疑わしいところである。のみならず、右和解が有効であるかどうかも極めて疑問である。即ち、控訴人が宝泉商工に前示白紙委任状を交付したことが、控訴人主張のように控訴人の代理人を選任させる趣旨を含んでいたとしても、控訴人において代理させるべき事項を予め了解していたものではないから、控訴人と反対の利害に立つ宝泉商工に自己の代理人の選任を委任することは、宝泉商工において控訴人に不利益な代理人を選任したり、また、選任した代理人をして控訴人に不利益な行為をさせるおそれが十分ある。従つて、かかる場合は、相手方が他の一方の当事者の代理人として行為をするのと結果において大差がないから、民法一〇八条の趣旨に則り、控訴人の右委任は無効であり、その選任された谷上政次は代理権を有しないこととなり、同人によつてなされた右和解は当然にはその効力を有しないと解する余地が多分にあるのである。

(3)  以上の次第で、本件物件は、控訴人、林勝行および三和銀行ないし今橋商事株式会社との間において、林に対する前記所有権移転登記の存在にかかわらず、その所有権が依然として控訴人に属するものであるとの了解のもとに、昭和三四年七月三一日控訴人から今橋商事に対し代金六〇〇万円をもつて譲渡されたものというべきである。よつて、本件物件の譲渡に関する登記簿上の記載を排し、これを控訴人が昭和三四年中に他へ代金六〇〇万円で譲渡したことを理由とする被控訴人らの各処分は正当であり、この点についての控訴人の不服は理由がない。

(二)  控訴人は、本件には、昭和三六年七月二〇日付「他人の債務の担保に供されていた資産が担保権の実行により譲渡された場合の所得税または再評価税の取扱について」と題する国税庁長官通達が適用され、譲渡所得税を賦課しえない場合であり、仮りに賦課されるものとしても、控訴人が現実に取得した前記二六六万五、〇三〇円を基礎としてなすべきであるのに、そうしなかつた被控訴人署長の課税処分は違法である旨主張する。しかしながら、当裁判所も右主張は採用できないものと考えるのであつて、その理由は、原審の理由(原判決一九枚目裏二行目から二一枚目表の末から二行目まで)と同一である(最高裁判所第二小法廷昭和四〇年九月二四日判決、民集一九巻六号一、六八八頁参照)。

(三)  控訴人は、本件課税処分が権利の濫用である旨主張する。しかしながら、被控訴人局長が前記通達を適用せずに本件審査請求を棄却した点に違法のない(なお、被控訴人署長の課税決定当時は、いまだ右通達は発せられていない)こと前示のとおりであるし、他に被控訴人局長が本件審査にあたり、特に控訴人のみを困窮に陥れる等の目的をもつて、他の一般の取扱と異別に右通達を適用しなかつたと認めるに足る証拠もない。よつて右主張も理由がない。

二、よつて、原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 乾久治 裁判官 前田覚郎 裁判官 新居康志)

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